白川台キャンパスが閉鎖に至った最大の要因は、1990年代後半から2000年代にかけて全国の大学で加速した「キャンパス再編」と「都心回帰」の潮流にあります。当時、多くの大学が郊外キャンパスを縮小し、本部キャンパスへの統合を進めていました。
甲南大学においても、神戸市東灘区にある本部の岡本キャンパスと、須磨区の白川台キャンパスの間で学生が移動を強いられる「キャンパス間移動の負担」が長年の課題となっていました。特に1年次に白川台で教養科目を履修し、2年次以降に岡本へ移るという分離スタイルは、クラブ活動の継続や履修の柔軟性を損ねる要因となっていたのです。
さらに、少子化が本格化する中で受験生からの支持を集めるためには、アクセス抜群の岡本キャンパスで4年間一貫して学べる環境作りが不可欠でした。こうした経営戦略上の強い危機感が、白川台の閉鎖と岡本キャンパスへの機能集約という大きな決断を後押ししました。