多くの沿線住民が抱く最大の疑問は、「なぜこれほどまでに時間がかかっているのか」という点に尽きます。単なる予算や手続きの問題ではなく、現場には国内の都市土木でも屈指の極限状態が存在していました。
第1の要因は、過密ダイヤの営業線を1日も止めない「直下施工」です。西武新宿線は都心と郊外を結ぶ大動脈であり、平日朝には数分間隔で過密運行が続きます。地下化工事では、電車が走り抜ける線路の真下に仮受杭を打ち込み、鋼材でレールを支えながら真下を掘削する「アンダーピニング工法」が多用されました。わずか数ミリの地盤沈下も許されない精密作業を終電から始発までのわずか数時間の幕合に行う必要があり、物理的な作業時間が極度に制約されたのです。
第2の要因は、住宅密集地に特有の極小作業ヤードと道路付けの悪さです。新井薬師前や沼袋の駅周辺は古くからの細街路が入り組み、大型重機やダンプカーの進入ルートが著しく限られていました。騒音・振動への配慮から夜間作業の工種も厳密に制限され、掘削土の搬出スピードが当初想定を下回る結果となりました。
第3の要因は、妙正寺川近接に伴う地下水処理と埋設物の輻輳です。工事区間は妙正寺川と並行・交差する低地部を含んでおり、豊富な地下水への止水対策と地盤改良に膨大な日数が費やされました。さらに、大正・昭和期から幾重にも埋設されてきた上下水道管、ガス管、NTT通信ケーブルの移設協議が難航を極めました。
第4の決定的な要因が、沼袋駅の地下4階構造(待避線構造)に伴う大深度掘削です。新井薬師前駅が相対式2面2線の標準的な地下2階構造であるのに対し、沼袋駅は特急や急行の通過待ちを行うため「島式2面4線」の巨大地下駅として設計されました。地下約20メートル以上まで掘り進める大規模土工となり、その難易度は一般的な地下鉄駅新設を遥かに凌駕する規模に膨らんだのです。