名古屋の手羽先を語る上で避けて通れないのが、「世界の山ちゃん」と「風来坊」の二大巨頭対決です。観光客の間では「どちらも似たような味付けではないか」と誤解されるケースが散見されますが、調理工程やスパイスの配合比率、目指している味覚のゴールは驚くほど対極に位置しています。
まず、歴史的な文脈における「名古屋名物手羽先の元祖」は風来坊です。1963年(昭和38年)、創業者である大坪氣八氏が、当時スープの出汁取り程度にしか使われていなかった手羽先に着目し、独自のタレを絡めて唐揚げとして提供したのがすべての始まりでした。風来坊の看板である「元祖手羽先唐揚げ」は、肉の縮みを防ぐために低温と高温で二度揚げされ、外皮はパリッと香ばしく、内側にはしっとりとした肉汁が残されています。そこに門外不出の甘辛い熟成タレを塗り、仕上げに振りかけられる白ゴマと控えめな特製スパイスが絶妙な調和を生み出します。一口噛めば、鶏肉本来の旨味とタレのコクがじんわりと広がる設計です。
一方、1981年(昭和56年)にわずか4坪のプレハブ小屋からスタートした世界の山ちゃんは、後発ゆえの強烈な差別化によって覇権を握りました。創業者の山本重雄氏が試行錯誤の末に生み出した「幻の手羽先」は、舌が痺れるほどの白胡椒(コショウ)を豪快に利かせている点が最大の特徴です。衣を極力薄くしてカリカリに素揚げし、醤油ベースの辛口ダレをサッとくぐらせた後、独自のスパイスを惜しみなく振りかけます。ビールやハイボールを一気に流し込ませる力強いパンチ力があり、ジャンクかつ刺激的な中毒性において他の追随を許しません。
両者の違いを一言で表現するならば、「素材の旨味と秘伝ダレを上品に味わう風来坊」対「ガツンと効いたコショウの刺激でアルコールを加速させる世界の山ちゃん」となります。この味覚のコントラストを理解しておくことこそが、店選びで後悔しないための大前提です。