インターネット上のオカルト掲示板や怪談まとめサイトにおいて、この童謡は「日本の最も怖い童謡」としてしばしば名指しされます。主に流通している代表的な怖い解釈は以下の3点です。
第1に、手まり=生首説です。戊辰戦争や西南戦争の凄惨な戦場で、討ち取った敵兵の首を晒し、それを足で蹴る・弾ませる行為を手まりつきに見立てたというグロテスクな言説です。「煮てさ 焼いてさ 食ってさ」を敵対者への苛烈な怨恨の表現と捉え、「木の葉で隠せ」は証拠隠滅や遺体の遺棄を意味するという解釈です。
第2に、遊女の私生児・堕胎説です。城下の遊郭で働かされていた女性が、身籠もってはならない子どもを産み落とし、それを密かに手にかけて木の葉の下に埋めた悲劇を唄にしたという筋立てです。狸は「化かすもの=日陰者」の暗喩であり、猟師は「追手や楼主」であると説かれます。
第3に、隠密・脱走兵の粛清説です。藩の機密を探りに来たスパイを船場で捕らえ、尋問(あんたがたどこさ)の末に処刑(鉄砲で撃って)し、密かに埋葬した記録だとする解釈です。
しかし、民俗調査や歴史記録の一次資料をいくら掘り下げても、これらの怪談めいた解釈を裏付ける同時代の文書は1件も存在しません。昭和後期から平成にかけてのオカルトブームや、怪談師・ネットユーザーによる後付けの心理的創作(フォークロアの再解釈)であることが判明しています。人間は無垢な童謡に理不尽な残酷描写(煮て食う、隠す)を見出すと、無意識のうちにタブーや死を連想し、心理的な深読みをしてしまう傾向があるのです。