宮本知美というサッカー選手の足跡を振り返る際、絶対に外せないのが2000年代半ばに見せた電撃的な代表復帰劇だ。1999年、2003年とワールドカップのピッチに立ち、2004年のアテネ五輪でもチームの中核を担った彼女は、現役最高潮の時期に結婚・出産を経験した。
当時の日本スポーツ界において、女性アスリートが出産を経てトップレベルの前線へ戻ってくる例は極めて稀だった。保育環境やトレーニング体制の未整備、さらには「母親が競技を続けること」に対する無理解な世間の視線。そうしたいくつもの壁を跳ね返し、彼女は2007年の中国ワールドカップで再び代表のユニフォームを着てピッチに立った。
「母になっても第一線で戦える」という事実を身をもって証明したその姿勢は、その後の澤穂希氏らをはじめ、現在世界中で増えつつあるママアスリートたちにとっても大きな道標となったことは疑いようがない。