北野武監督が従来の日本映画における任侠路線を打ち砕き、徹底的なバイオレンス映画として本作を構築した意図はどこにあるのか。それは「正義の不在」を証明することだ。
かつてのヤクザ映画に存在した情けや義理人情は、ここには一切存在しない。あるのは自己保身と他者への踏み台化のみ。カッターナイフでの顔面切りつけ、歯科治療器を使った凄惨な拷問。目を背けたくなる殺戮描写は、人間が欲望に支配されたときに剥き出しになる暴力の「グロテスクな生々しさ」を表現している。北野監督は痛みを観客に体感させることで、バイオレンスを娯楽として消費させるのではなく、権力闘争の不気味なリアルとして突きつけた。