言葉の形を覚えたところで、日本人学習者や旅行者が必ず直面する疑問が「ネパール語 ありがとう 使わない理由」です。辞書には「ありがとう=ダンニャバード」と明記されているにもかかわらず、現地の家庭やローカルな商店ではほとんど耳にすることがありません。
この現象の根底には、ネパール社会に深く根付く「ウチとソト」の境界線と家族観の違いがあります。
日本の都市部では、コンビニのレジや家族間でも「すみません」「ありがとう」と口にするのが潤滑油としてのマナーとされています。しかし、ネパールの伝統的な価値観において、家族や親しい友人、近隣住民は「助け合って当たり前のひとつの共同体」です。親しい間柄で改まってダンニャバードを口にすると、「私たちは他人行儀にお礼を言い合わなければならないほど遠い関係なのか?」という心理的バウンダリー(境界線)を生み出してしまいます。
現地の人々にとって、ダンニャバードは「人生を救われるような大きな恩義を受けたとき」や「公の式典で演説の結びとして述べる感謝」に匹敵する重みを持っています。そのため、ちょっとした手渡しや食事の配膳などで口にすると、相手に大げさすぎる印象や心理的な距離感を与えてしまうのです。
ただし、2026年現在のカトマンズやポカラといった都市部では、インターネットの普及や若年層の欧米化により、親しい間柄でも英語の「サンキュー(Thank you)」をフランクに使う光景が一般化しています。重厚な「ダンニャバード」を避けつつ、気軽な感謝を伝える代替手段として英語が定着している点も現代ネパールの興味深い言語環境といえます。