言葉の意味と同等に現場で議論を呼ぶのが、施行と施工の読み方に関する問題です。特に「施行」を「しこう」と読むのか、それとも「せこう」と読むのかという論点は、多くのビジネスパーソンを悩ませてきました。
本来の国語ルールから紐解くと、「施」の文字には漢音の「シ」と呉音の「セ」が存在します。古代から近代に至る法令用語としては「しこう」が正統な読みとされ、現在でもNHKをはじめとする放送業界のニュース解説や司法試験などの法曹実務では、原則として「しこう」に統一されています。現代の広辞苑などの主要国語辞典においても、「しこう」の見出しに詳細な語義が記され、「せこう」の項目は「しこうを見よ」と参照形式になっているケースが大半です。
では、なぜ現場では「施行(せこう)」という呼び方が定着したのでしょうか。その真相は、「施工」との重なりを避けるための便宜的な読み替えではなく、公法実務における歴史的背景にあります。かつて明治時代の官公庁において、公文書の読み下しを行う法制官たちが「施行」を「せこう」と発音していた慣行が残り、それが省庁内の慣例として受け継がれた経緯があります。さらに皮肉なことに、音声コミュニケーションにおいて「施工(せこう)」と発音の重複が生じるため、工事関係者や行政担当者が会議の場で「法律のしこう(施行)」「建物のせこう(施工)」と明確な音変化をあえて設ける習慣が根付きました。
現在では文化庁の常用漢字表においても「施」の読みとして「シ」「セ」の双方が認められているため、どちらを発音しても法的な誤りではありません。しかし、音声での伝達時に誤認を招かないよう配慮するならば、施行を「しこう」、施工を「せこう」と明瞭に発音し分けることが、ビジネス現場における洗練されたマナーといえます。