本作のあらすじは、宮崎県の片田舎で美術大学を目指していた高校時代の林明子(東村アキコの本名)が、近所の絵画教室でスパルタ講師・日高健三先生と出会うところから幕を開けます。「描け!」と竹刀を片手に怒号を飛ばす破天荒な日高先生の指導のもと、明子は猛烈なデッサン漬けの日々を送り、見事名門・金沢美術工芸大学に現役合格を果たします。
しかし、物語が単なる「師弟の美談」にとどまらない点が、本作が今なお泣ける理由の核心です。大学進学後の明子は怠惰なキャンパスライフに溺れ、絵を描くことから逃避。先生に嘘をつき、電話を無視し、不義理を重ねていきます。卒業後に就職した会社を逃げ出すように辞め、漫画家として芽が出始めた後も、先生への後ろめたさから真正面きって向き合うことを先延ばしにし続けます。
文芸評論や読者コミュニティの分析でも指摘されている通り、読者が胸を打たれるのは「立派な師弟愛」ではなく、「誰しもが若き日に犯した、恩人に対する甘えや背信」が痛烈に描写されているからです。心理学でいう『未完了の課題(ゲシュタルト心理学)』のように、過去に返せなかった恩や謝れなかった過ちを抱えるすべての大人にとって、明子の後悔は他人事ではありません。自己嫌悪に苛まれながらも「描くこと」でしか償えない主人公の絶叫が、読者の涙腺を激しく刺激します。