かつて全国ネットの特集番組などで紹介された幼少期のアルバム写真には、岩手の大自然をバックに、無邪気な笑みを浮かべて泥だらけになる大谷選手の姿が残されています。そこにあるのは、どこにでもある温かな一般家庭の光景です。
大谷家のリビングには、当時から父・徹さんと交わしていた「野球ノート」が置かれていました。そこには技術的なダメ出しではなく、「大きな声を出して元気よくプレーする」「キャッチボールを丁寧に」「一生懸命走る」といった、人としての基本的態度が書き連ねられていたと関係者は証言します。
また、母・加代子さんは大谷選手がプロ入りし、巨額の年俸を手にするようになって以降も、パートタイマーとしての仕事を長年続けていたことが知られています。岩手県奥州市の実家周辺を取材した地元記者によると、「大谷家の方々は、息子がどれほど世界的なスターになっても一切態度を変えない。近所への挨拶も昔のままで、息子の名声を利用して特別な便宜を図るような素振りは微塵もない」と口を揃えます。この謙虚さと地に足のついた日常性こそが、大谷選手がどれほど名声を獲得しても傲慢にならない根源となっています。