ドキュメンタリー『ポップスが最高に輝いた夜』でも生々しく明かされた通り、スタジオの中では様々な人間ドラマが交錯していました。
1. プリンスはなぜ不参加だったのか?
当時、マイケル・ジャクソンと並びポップ界の2大巨頭として君臨していたプリンス(Prince)の動向は、関係者全員の最大の関心事でした。AMA授賞式で複数の賞を獲得したプリンスでしたが、スタジオに姿を現すことはありませんでした。
公式な表向きの理由は「スタジオ外での取り巻きのトラブル」等と報じられましたが、関係者の証言によると本質は以下の理由にありました。
- 音楽的・美学的ポリシー:大部屋で大勢のアーティストと一緒に合唱するというアプローチ自体が、極めてパーソナルな制作スタイルを貫くプリンスの美学と相容れなかった。
- 別室でのギターソロ提案の拒絶:プリンス側は「別のスタジオでギターソロを録音してトラックに送る」という条件を提示したが、クインシー・ジョーンズは「同じ空間で声を合わせることに意義がある」として断った。
- マイケルとのライバル意識:当時のプリンスとマイケルの間には強烈な対抗意識が存在しており、マイケル主導のプロジェクトに無条件で合流することへの心理的抵抗があった。
なお、プリンスが歌う予定だったブリッジ部分のパートは、急遽ヒューイ・ルイスが担当することになり、ヒューイはその重責を見事なハスキーボイスで果たしました。
2. 極度の居心地の悪さに怯えたボブ・ディラン
フォーク/ロック界の神様であるボブ・ディランは、普段経験することのない「華やかすぎるポップスターたちの集宴」に圧倒され、スタジオの隅で完全に委縮していました。自らのソロパートの録音順が回ってきた際、どのように歌えばよいのか分からず立ち尽くすディラン。
その危機を救ったのがスティーヴィー・ワンダーでした。スティーヴィーはピアノに向かい、ディランの独特な歌い回しやしゃがれ声を完璧にモノマネしながら「ボブ、君はこうやって歌うんだ」と優しく指南。ディランはその声に導かれるようにして、あの歴史に残る唯一無二の咆哮をマイクに吹き込みました。歌い終えた瞬間、ディランが見せた安堵の笑顔は、録音現場屈指の名シーンです。
3. シンディ・ローパーのアクセサリーノイズ事件
『Girls Just Want to Have Fun』で大ブレイク中だったシンディ・ローパーは、全身にジャラジャラとした大量のネックレスやブレスレットを身につけてスタジオ入りしました。熱唱するたびに「チャリチャリ」という金属音がマイクに乗ってしまい、エンジニアたちが原因特定に奔走。犯人が自分のアクセサリーだと分かったシンディは、照れ笑いを浮かべながら装飾品を外して再録音に挑み、あの伝説的なハイトーン・シャウトを響かせました。