シェリー・バーキンの足跡を辿るうえで欠かせないのが、彼女が歩んできたあまりにも過酷な境遇です。1986年生まれのシェリーは、1998年のラクーン事件発生当時は12歳でした。アンブレラ社の主任研究員であった父ウィリアム・バーキンと母アネット・バーキンの間に生まれながら、研究に狂奔する両親から家庭的な温もりを与えられることはほぼありませんでした。
ラクーンシティ壊滅の混乱の中、怪物化した父によって体内にG-ウィルスを植え付けられるという絶望的な危機に瀕しますが、偶然出会ったクレア・レッドフィールドとレオン・S・ケネディの決死の救出劇、そして母アネットが遺した抗G-ウィルスワクチン「DEVIL」の投与によって一命を取り留めます。
しかし、事件後の彼女を待ち受けていたのは「自由」ではなく、合衆国政府による厳重な隔離と軟禁でした。体内に宿るG-ウィルスの変異残滓を危険視したディレク・C・シモンズら合衆国高官の監視下に置かれ、約11年もの長きにわたり過酷な生体検査と隔離生活を強いられることになります。この不条理な拘束から脱する条件として彼女が選んだ道こそが、合衆国大統領直属のエージェント組織DSO(Division of Security Operations)への志願でした。
2012〜2013年に勃発した世界規模のバイオテロを描く『バイオハザード6』において、26歳〜27歳となったシェリーはDSOの正式エージェントとして初任務に挑みます。東欧の紛争地域イドニア共和国で、全世界の脅威となり得るC-ウィルスの抗体を持つ男、ジェイク・ミューラーの身柄確保と保護を完遂。その後も彼女は、自らと同じようなバイオテロの犠牲者を二度と出さないという強固な信念のもと、最前線で活動を続けています。