原作者とされる施耐庵は、なぜ108人の豪傑が集う壮大な叙事詩の幕開けに、宋江でも林冲でもなく、史進を配置したのだろうか。この問いには、『水滸伝』という作品の本質が隠されている。
史進は最も無垢で、最も直情的な青年として描かれる。悪徳官僚の横暴によって平穏な故郷・史家村を追われ、山賊の頭領へと身を落としていくプロセスは、当時の腐敗した国家権力がいかに善良な若者の未来を奪っていったかを残酷なまでに物語る。
施耐庵が描いた史進の軌跡は、読者に強烈な感情移入を促す導火線だった。正義を信じ、友を信じたがゆえに破滅へと転がり落ちていくその姿は、後の梁山泊結集へと繋がる大義の火種となったのである。