日本代表の歴史は、背番号10を背負ったファンタジスタたちのドラマそのものでもあります。Jリーグ開幕黎明期、カリスマとして君臨したラモス瑠偉が闘魂を注入し、1998年初出場時には精緻な左足を持つ名波浩が攻撃のタクトを振るいました。
2000年代に入ると、世界最高峰のフリーキックで世界を驚嘆させた中村俊輔が長きにわたり10番の代名詞となりました。中田英寿(主に7番や8番を着用)との共存論争に揺れながらも、ジーコジャパン時代にはアジアカップ連覇の中心となり、欧州でもその左足で伝説を刻み続けました。
その後、背番号10の系譜はドルトムントで世界的名声を得た香川真司へと引き継がれ、俊敏なアジリティとゴール前での決定力でアルベルト・ザッケローニ体制の看板を担いました。近年では南野拓実や堂安律がその重責を受け継ぎ、従来の「司令塔型」から「前線からのプレッシングと決定力を兼ね備えたハードワーカー型」へと、10番に求められる役割も現代サッカーの潮流に合わせて劇的な変化を遂げています。