尾崎紀世彦の晩年を語る上で避けて通れないのが、逝去のわずか1か月前である2012年4月下旬に突如として過熱した「失踪報道」です。女性週刊誌を中心に「尾崎紀世彦が連絡を絶ち失踪」「所属事務所を閉鎖して消息不明」といったセンセーショナルな見出しが躍り、ファンや音楽関係者の間に大きな衝撃と不安が広がりました。
この失踪報道の真相は、メディアが推測したような「自暴自棄の蒸発」や「金銭トラブルによる逃亡」などでは決してありませんでした。実際には、病状の悪化に伴い仕事をセーブし、個人事務所を整理した上で治療に専念していたというのが揺るぎない事実です。
尾崎は生前、「衰えた姿や闘病の苦しみを世間に晒したくない」「歌手・尾崎紀世彦としての完璧なイメージを保ちたい」という強烈なプロ意識とダンディズムを持っていました。そのため、病気の事実を広く公表せず、ごく限られた身内や信頼できる支援者のみに連絡先を伝え、病院で静養していたのです。この情報管理の徹底が、連絡を取れなくなった一部の関係者やメディアによって「失踪」と誤認され、センセーショナリズムに乗って拡散してしまったのが騒動の構図でした。