浅田家にとって最大の悲劇は、2011年の母・匡子さんの急逝だった。真央を世界的な選手に育て上げるため、二人三脚で歩んできた最愛の母の死。その精神的支えを失ったとき、残された父と娘たちの関係は大きく変化せざるを得なかった。
母という「絶対的なクッション」を失ったことで、父と娘の間の価値観の違いが浮き彫りになった。敏治氏は不器用ながらも娘たちを支えようとしたが、過去の確執や生活環境の違いから、かつてのような「密な家族」に戻ることは難しかった。それでも、悲しみを共有したという事実だけは、彼らの根底に残り続けた。