現場に残された遺書、そしてノートパソコンに遺されていたテキストメッセージには、天才が最後に到達してしまった暗澹たる精神状態が克明に刻まれていました。公表された内容や関係者への取材によると、そこには「世の中は音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲も失せてしまった」「死にたいというよりは、むしろ生きていたくない」という、痛切な苦悩が吐露されていました。
特に親交の深かった作詞家・音楽プロデューサーの中河マコト氏や、長年の友人であった安藤和津氏らに宛てたメッセージには、周囲への感謝とともに、自らの美学がこれ以上維持できないことへの限界が記されていました。「これ以上、質の高い音楽を紡ぎ出すことができない」「自分の役割は終わった」という言葉は、妥協を何よりも嫌った芸術家の悲痛な叫びそのものでした。
加藤和彦にとって、音楽は単なる生業ではなく、自らの存在理由そのものでした。しかし2000年代後半、音楽業界は急激なインターネット配信の普及とCD売上の劇的な衰退、いわゆる「音楽のファストフード化・無料化」の波に飲み込まれていました。1音1音の音質やジャケットデザイン、アルバム全体の物語性に徹底的なこだわりを注いできた彼にとって、音楽が単なる消耗品として消費されていく時代の空気は、耐え難い精神的窒息をもたらしたのです。