箱根駅伝の長い歴史において、数千人ものランナーが箱根路を駆け抜けてきましたが、メディアおよびファンの間で満場一致で「山の神」と称されたのはわずか3名に限られます。それぞれの走りは、単に速いという次元を超えて、レース全体の力関係を一夜にして覆す破壊力を秘めていました。
初代:今井正人(順天堂大学)―― 伝説の幕開けと「山の神」誕生の瞬間
「山の神、ここに降臨!」という実況アナウンスとともに概念そのものを生み出したのが、順天堂大学で活躍した今井正人選手です。2005年(第81回大会)、当時トップと2分15秒差の4位でタスキを受けると、前の走者を次々とごぼう抜きにして先頭を奪取。従来の区間記録を2分以上も塗り替える驚異的な走力を見せつけました。翌第82回大会では5人抜き、最終学年となった第83回大会でも4人抜きを達成。3年連続で5区の区間新記録を樹立し、順天堂大学を総合優勝へと導く原動力となりました。勾配を感じさせない軽やかなストライドと、上り坂に入るや否やギアを切り替える走法は、全国の駅伝ファンに強烈な衝撃を与えました。
二代目:柏原竜二(東洋大学)―― 「山の神童」から絶対王者へ、4年連続区間賞の金字塔
初代の衝撃が記憶に新しい中、2009年(第85回大会)に福島県立いわき総合高校から東洋大学へ入学した柏原竜二選手が、その概念をさらに上書きしました。1年生ながらトップと4分58秒差の9位でタスキを受けると、前を行く8人のランナーを凄まじい鬼気迫る形相で捉え、わずか1区間で5分近い差を逆転して往路初優勝を飾りました。このとき日本テレビのアナウンサーが発した「山の神童」という呼称は、すぐに「二代目・山の神」へと昇華します。柏原選手は4年連続で5区を務め、全学年で区間賞を獲得。さらにそのうち3度も区間新記録を更新しました。23.4kmという「史上最長・最難関」時代の5区において、一度も先頭を譲らなかったその走りは、駅伝ファンの間で今なお「歴代最強」の呼び声高く語り継がれています。
三代目:神野大地(青山学院大学)―― 異次元の軽量ピッチで青学新時代を切り拓いた若武者
柏原選手の卒業後、しばらく途絶えていた神の系譜を継いだのが、2015年(第91回大会)に登場した青山学院大学の神野大地選手です。身長165cm、体重40kg台半ばという極めて小柄な体躯を極限まで絞り込み、極端な高ピッチ走法で函嶺洞門をバイパスする新コースを疾走。それまで「柏原の記録は今後10年以上破られない」と囁かれていた専門家の予想を覆し、1時間16分15秒という驚異的なタイムを叩き出しました。神野選手のこの快走が決定打となり、青山学院大学は悲願の箱根駅伝初優勝を飾り、その後の「青学黄金時代」を築く強固な礎となったのです。