山下智久の歴代グループ変遷と脱退の真相|元メンバーとの現在の絆

山下智久の歴代グループ変遷と脱退の真相|元メンバーとの現在の絆

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山下智久のグループ活動を語る上で欠かせないのが、ジャニーズJr.黄金期を牽引した伝説のユニットFour Topsメンバーの存在だ。2002年、タッキー&翼のデビューに伴い、Jr.のリーダー格として抜擢されたのが山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純の4名であった。司会、ダンス、演技のいずれをとっても高い完成度を誇り、ファンの間では「この4人でCDデビューするはずだ」と信じられていた。

しかし2003年秋、芸能界に激震が走る。『バレーボールワールドカップ2003』のイメージキャラクターとして、新グループ「NEWS」の結成が電撃発表されたからだ。選抜されたのは山下を含む9名。Four Topsの事実上の解体であり、生田斗真との関係においては、互いに強い葛藤とライバル心を抱えた過酷な転換期となった。後に生田がトーク番組等で「当時は山下だけが選ばれた悔しさと、親友としての祝福の狭間で引き裂かれそうだった」と述懐したように、若き日の彼らは残酷な選別を乗り越えて独自の絆を紡いでいくことになる。

発足当時のNEWS初期メンバーは、以下の9人体制という大所帯であった。

  • 山下智久(絶対的センター)
  • 小山慶一郎
  • 加藤成亮(現・加藤シゲアキ)
  • 増田貴久
  • 手越祐也
  • 錦戸亮(関ジャニ∞と兼任)
  • 内博貴(関ジャニ∞と兼任)
  • 草野博紀
  • 森内貴寛(現・ONE OK ROCKのフロントマン「Taka」)

特筆すべきは、ONEOKROCK Taka NEWS時代の存在だ。当時15歳だった森内貴寛は、抜群の歌唱力でデビューシングル『NEWSニッポン』のレコーディングに参加したものの、わずか3カ月後の2003年12月に「学業への専念」を理由に自主退所した。後にTakaとして世界を股にかけるロックボーカリストへと成長する彼と山下が、同一のステージで歌っていた事実は、今や日本音楽史の語り草となっている。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。