ネットデマが長期にわたって完全に消滅しない理由には、情報の受け手側が無意識に抱く「認知バイアス」が関わっています。多くの人が陥りがちな盲点は、「公式な商業撮影」と「違法な盗撮」の境界線が、断片的な画像転載によって曖昧にされてしまうことです。
1990年代から2000年代の日本のグラビア文化において、写真家たちは読者に親密感を与えるため、あえてピントを外したり、カーテンの隙間やドアの陰から撮影したかのような「盗撮的視線(ボワイエリズム)」を表現技法として多用しました。内山理名が過去にリリースした写真集や雑誌グラビアも、一流のクリエイター陣による緻密な計算に基づき、彼女の持つアンニュイな雰囲気や少女から大人の女性への過渡期の美しさを切り取るためにそうしたアプローチが取られたことがあります。
しかし、これがインターネットというフィルターを通すと、悪意ある切り抜きによって「私生活の盗撮」という全く異なる文脈に偽装されてしまいます。加えて、彼女が出演した数々の名作ドラマ――とりわけ『美しい人』(1999年)や『大奥〜華の乱〜』(2005年)、『嫌われ松子の一生』(2006年)などで見せた鬼気迫るシリアスな演技が、「彼女は何か過酷な過去を背負っているのではないか」という視聴者の心理的錯覚を補強してしまったのです。フィクションの登場人物が負った傷や演出上の世界観が、いつの間にか女優本人のプライベートなトラブルとして脳内で上書きされてしまう現象は、熱演が評価された実力派俳優ゆえの皮肉な副作用と言えます。