「女性首相が誕生しない理由」について、多くの有権者は「日本社会に根強いジェンダー偏見」を思い浮かべるかもしれません。しかし、永田町の取材現場を長年歩いて見えてくるのは、もっと冷徹で即物的な「数と構造の論理」です。歴史の転換点が訪れない背景には、主に3つの決定的なハードルが存在しています。
第1の壁は、圧倒的な「候補者母数の絶対的不足」です。首相の座を狙う前提となる衆議院議員において、女性議員の比率は直近の国政選挙を経ても約15〜16%前後に留まっています。首相候補に名乗りを上げるには、当選回数(通常衆院5〜6回以上)や主要閣僚・党役員の歴任といった「政治的キャリアの厚み」が求められますが、そのスクリーニングをくぐり抜けた女性議員の数は、自民党・野党を合わせても指折りで数えられるほどしか存在しません。スタートラインに立てるパイそのものが極端に小さいのです。
第2の壁は、自民党総裁選をはじめとする権力闘争のメカニズムです。出馬表明には「国会議員20人の推薦人」の確保が必須要件となります。派閥の解消や再編が進んだとはいえ、水面下で蠢くのは長年培われた「オールド・ボーイズ・ネットワーク(男性中心の長老支配)」や夜の会合で決定される貸し借りの論理です。人間関係のしがらみや集票組織の力学に依存するレースにおいて、派閥のトップを経験していない女性政治家が推薦人を囲い込み、党内第2回投票(決選投票)の合従連衡を制することは極めて難度の高いゲームであり続けています。
第3の壁は、女性リーダーに特有の「ダブルバインド(二重拘束)」です。強固なリーダーシップや防衛・安全保障への毅然とした姿勢を示せば「攻撃的・排他的」と評され、包容力や共感力を前面に出せば「有事の決断力に欠ける」と値踏みされる現象を指します。男性政治家であれば不問に付されるような資質が、女性政治家に対しては常に倍率の高いレンズで点検される現実が、最後の一歩を踏み留まらせる心理的・構造的ハードルとなってきました。