堕姫がなぜこれほどまでに強固な執着と歪んだ性格を持つに至ったのか。その理由は、約100余年前の人間時代に遡ります。吉原の最下層である「羅生門河岸(らしょうもんがし)」の極貧環境で生まれた彼女の人間時代の名前は「梅(うめ)」でした。
この「梅」という名前は、美しい花から取られたものではなく、母親の命を奪った病気「梅毒」に由来して付けられたという、あまりにも残酷な背景を持っています。親からの愛情を知らずに育った梅でしたが、飛び抜けた美貌を持っていたこと、そして何より醜い容姿を嘲笑され虐げられていた兄・妓夫太郎にとって唯一無二の誇りであり、生きる希望そのものでした。
しかし、梅が13歳の時、運命を狂わせる悲劇が起こります。兄を侮辱した客の侍に対し、梅は自衛のためにかんざしで侍の目を突いて失明させてしまいます。その報復として、梅は生きたまま縄で縛られ、黒焦げになるまで焼き殺されるという凄惨な拷問を受けました。
仕事を終えて戻った妓夫太郎が目にしたのは、炭薪のように変わり果てた最愛の妹の姿でした。復讐を果たし侍たちを討ち取ったものの、重傷を負った妓夫太郎は、息絶えそうな梅を抱えて雪降る遊郭を彷徨い、絶望の中で力尽き倒れます。そこに現れたのが、当時の上弦の陸であった童磨(どうま)でした。童磨から血を分け与えられたことで、二人は鬼として生き永らえる道を選んだのです。