本作のもうひとつの主役と言えるのが、ポーランドの魂と称されるフレデリック・ショパンのピアノ音楽です。戦争によってすべてを奪われたシュピルマンにとって、音楽は生き残るための精神的防壁であり、人間の尊厳そのものでした。作中で象徴的に使われた戦場のピアニストのショパン曲名とその演出意図を整理します。
1. 夜想曲(ノクターン)第20番 嬰ハ短調 遺作
映画の冒頭、1939年のワルシャワ放送局がナチスの空爆を受ける中でシュピルマンが生放送で演奏していた曲であり、終戦後のラストシーンで再びラジオ放送を通じて奏でられる円環の楽曲です。美しくも物憂げな旋律は、平和だったワルシャワの落日と、瓦礫の中から立ち上がる不屈の生命力を象徴しています。
2. バラード第1番 ト短調 作品23
凍てつく廃墟の中で、ドイツ将校ホーゼンフェルトに「ピアノを弾いてみろ」と命じられたシュピルマンが、かじかむ指先で弾き始めた運命の楽曲です。劇中では映画用に短縮された劇的なアレンジが施されており、静謐な祈りから激情のクライマックスへと雪崩れ込む演奏は、死線をさまよってきた男の魂の叫びとして将校の心を激しく揺さぶりました。
3. アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22
エンドロールおよび劇中の復興コンサートで演奏される楽曲です。過酷な戦争を生き延びたシュピルマンが、再び大勢の聴衆とオーケストラを前にしてピアニストとしての完全な復活を遂げる輝かしいフィナーレを彩っています。