ローランドの原点は、華やかなシャンパンコールではなく、泥にまみれたサッカーグラウンドにある。中学時代は柏レイソルのジュニアユースに所属し、高校はサッカーの名門・帝京高校へ進学した。
青春のすべてをサッカーに捧げ、プロ選手を目指して練習に明け暮れたものの、強豪校の中で突きつけられたのは圧倒的な才能の壁だった。高校最後の選手権予選、チームは敗退し、自らの足でプロへの切符を掴み取ることは叶わなかった。このときの挫折感を、ローランドは自著の中で「人生で初めて味わった完全な敗北であり、自分の限界を知った瞬間だった」と振り返っている。
高校卒業後、親の強い希望もあって帝京大学へ進学する。しかし、運命を決定づける事件が起きた。入学式の当日、満開の桜の下で周囲の学生たちを見渡した瞬間、激しい違和感に襲われたという。「自分はこのままベルトコンベアに乗せられるように4年間を過ごし、誰にでもできる仕事に就くのだろうか」。そう直感した彼は、入学式のわずか数時間後、誰にも相談することなく退学届を提出した。
退路を断ち、着の身着のままで飛び込んだのが歌舞伎町だった。当初は全く売れず、月給数万円の極貧生活を送り、1本100円のパンをかじりながらママチャリで歌舞伎町へ通う日々が続いた。挫折を知る男だからこそ、泥水をすする下積みに耐え抜く強靭なメンタルが培われたのだ。