二人の出逢いは1974年、グリコ・アーモンドチョコレートのCM撮影のために訪れたハワイの地でした。当時、弱冠15歳にしてトップアイドルの階段を駆け上がっていた百恵さんと、22歳の気鋭の若手俳優だった三浦友和。百恵さんは自叙伝『蒼い時』の中で、初対面の友和について「無駄口を利かず、ぶっきらぼうだが誠実な空気をまとった青年」という強い第一印象を記録しています。
同年に公開された映画『伊豆の踊子』での共演を皮切りに、映画会社・東宝と所属事務所ホリプロは二人を「文芸座コンビ」として大々的に売り出しました。『潮騒』『絶唱』『風立ちぬ』など、計12本に及ぶ主演映画で立て続けに恋人役を熱演。さらにTBS系ドラマ『赤いシリーズ』(『赤い疑惑』『赤い運命』『赤い衝撃』)での共演はお茶の間を熱狂させ、視聴率は連日30%を超える社会現象となりました。
年間のおよそ半分以上を撮影現場で共に過ごすなかで、カメラの前で交わす擬似的な恋愛感情は、やがて本物の思慕へと変化していきました。友和が27歳、百恵さんが20歳を迎えた1979年、友和からの電話を通じた真摯なプロポーズによって交際は公のものとなり、1980年3月の婚約発表へと結実したのです。