澤田瞳子氏の作家人生における大きな節目となったのが、2021年の第165回直木三十五賞受賞作『星落ちて、なお』です。本作は幕末から明治にかけて活躍した奇想の天才絵師・河鍋暁斎の娘であり、自らも日本画家として生きた河鍋暁翠(本名・とよ)の激動の一代記を描いた傑作です。
偉大な父の影に隠れ、時代の急激な洋風化や家名の重圧、家族の不和に翻弄されながらも、絵筆を握り続けた女性の孤独と覚悟が、息を呑むようなリアリティで綴られています。単なる偉人伝にとどまらず、「親の巨大な才能とどう対峙するか」という普遍的な葛藤を浮き彫りにした筆致は、選考委員からも満場一致に近い絶賛を受けました。
また、澤田文学を語る上で欠かせないのが、2010年のデビュー作『孤鷹の天』です。奈良時代末期の政治闘争と平安遷都の裏側を描き、第17回中山義秀文学賞を最年少で受賞した同作は、新人離れした重厚な構成力で読書界に衝撃を与えました。
さらに、奈良時代の天然痘大流行と戦う官人・医師たちの群像劇を描いた『火定』(吉川英治文学新人賞候補・直木賞候補)や、平安前期の貴族社会の愛憎に迫った『満つる月の如し』(新田次郎文学賞受賞)など、歴史の表舞台に名を残した権力者ではなく、激流の足元で必死に生きた名もなき人々や葛藤する表現者たちの息遣いを鮮やかに蘇らせています。