本作のエンディングを巡っては、発表から長い年月を経た現在でも主に「生存逃避行説」と「飛び降り心中(幻想)説」の2つの仮説が議論され続けています。
第一の「生存逃避行説」を支持する有力な根拠は、現場に残された物理的痕跡です。ザックは怪力によって刑務所を脱獄し、護送用ナイフを取り戻してレイのいる更生保護施設へ侵入しました。窓の鉄格子は「物理的に切断され、押し広げられて」おり、部屋の床にはザックが侵入・脱出する際に負傷したとみられる現実の血痕が残されています。単なるレイの幻覚であれば、施設内の警報器がけたたましく鳴り響き、駆けつけたスタッフが破られた窓を見て茫然自失となる描写と矛盾します。大怪我を負いながらも二人は地上へ着地し、世界の果てを目指して逃亡したという見解です。
対照的に、第二の「心中・幻想説」は、建物の構造と状況のリアリズムに着眼します。レイが収容されていた病室は高層階であり、いくら人並み外れた身体能力を持つザックとはいえ、手負いの状態で少女を抱えて飛び降りれば無事では済みません。さらに、死刑囚が凶器を保持したまま厳重な警戒網を突破して施設に侵入できるのかという現実的疑問から、「ザックの侵入という現象の形を借りて、レイ自身が窓から投身自殺を遂げた、あるいは信仰の中へ昇天した」と読み解く解釈も根強く存在します。
しかし、物語の文脈において最も重視されるべきは「肉体が生き延びたかどうか」という二元論を超えた、二人の「誓い」の成就です。最初のレイにとって「殺されること」は、自らの罪を清算し、絶対者(=神)に救済してもらうための身勝手な手段に過ぎませんでした。しかし、幾多の死線をくぐり抜ける中で、彼女はザックを信仰の道具としての「神」ではなく、不完全で傷だらけの「一人の人間」として見つめるようになります。
ラストシーンでザックが叫んだ「泣くな、笑え!」という言葉。それは、人形のように感情を殺して神を求めていたレイに対して、「お前自身の心で今を生きろ」という強烈な魂の解放宣言でした。たとえその先が過酷な逃避行の果ての死であれ、夜空への落下であれ、二人は社会的な監獄や歪んだ信仰から解き放たれ、自分たちだけの絶対の誓いを果たしたのです。