和田正人の箱根駅伝画像が示す激走の記憶!主将から名優への転身劇の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
高知県立高知工業高等学校から陸上の名門・日本大学陸上部へ進学した和田正人は、激しい部内競争を勝ち抜き、長距離ブロックの中心選手へと成長を遂げました。最終学年では部員総勢数十名を束ねる箱根駅伝主将に就任。統率力と競技力の双方でチームを牽引する大黒柱としての重責を担っていました。
彼が任されたのは、復路最長にして総合順位を決定づける最重要区間である箱根駅伝9区(戸塚中継所〜鶴見中継所・23.1km)です。2000年の第76回大会、そして主将として挑んだ2002年の第78回大会の計2回、この過酷なコースに出走を果たしています。
出走年度・大会名担当区間・走行距離公式記録タイム・区間順位レース展開と当時の評価2000年(第76回大会)
大学2年時9区(23.1km)
戸塚〜鶴見1時間13分34秒
区間9位初出場ながら冷静なペース配分を見せ、シード権争いが激化する復路で日大の総合順位維持に大きく貢献。2002年(第78回大会)
大学4年時(主将)9区(23.1km)
戸塚〜鶴見1時間12分47秒
区間5位主将の意地を見せ前回の自己記録を47秒更新。区間上位の快走でチームを総合シード権獲得へと導く。大学・実業団公認ベスト
(参考データ)10000m / ハーフマラソン
フルマラソン公認10000m:29分32秒
ハーフ:1時間04分00秒現在の実業団トップランナーと遜色ないハイレベルな数値を記録。芸能界屈指の持久力の裏付け。
特に大学4年時の区間5位という成績は、各大学のエース級がひしめく復路において極めて優秀なタイムです。1kmあたり約3分09秒という猛烈な巡航スピードを23km以上にわたって維持し続けた計算になり、並大抵の練習量では到底到達できない領域でした。