この慣用句がどのような経緯で成立したのか、その起源を探ると中世日本の激動期に行き着きます。代表的な典拠として知られるのが『平家物語』や軍記物語の数々です。平安末期、政治の頂点に君臨した平清盛をはじめとする平氏一門の栄華を描く場面において、「平家にあらざれば人にあらず」とまで豪語された絶対的な権力が、飛ぶ鳥すらも平伏させる勢いとして表現されました。
当時の人々にとって、頭上を自由に飛翔する鳥は神仏の領域に近く、人間の力が及ばない自由の象徴でした。その鳥が、権力者の発する殺気や睨み、放たれる矢の威勢によって地上へと落ちてしまうという描写は、人知を超えた恐怖政治の比喩に他なりませんでした。戦国時代の記録である『信長公記』や各種の武将伝記においても、向かうところ敵なしの武将が領民や敵対勢力を従わせる描写として類似の表現が散見されます。
近世から近代にかけて、武力による制圧から経済活動や芸能界での活躍へと比喩の対象が広がるにつれ、「凄まじいスピードで成功を収める様子」というカジュアルなニュアンスが強まりました。しかし、歴史的な文脈を辿れば明らかなように、この言葉の根底には「畏怖」「恐怖」「驕り」という要素が分かちがたく結びついています。言葉が辿ってきたこの経緯を知ることこそが、適切な用法を見極める第一歩となります。