一般的な蕎麦が灰色や茶褐色を帯びているのに対し、更科そばはなぜ陶器のように白く輝いているのか。ネット上では「小麦粉の割合が多いのではないか」という俗説も見られますが、これは完全な誤解です。その白さの秘密は、原料となる御前粉(ごぜんこ=一番粉)の特殊な抽出工程にあります。
蕎麦の実は外側から「外殻(殻)」「甘皮(外層粉)」「胚乳(中層・内層粉)」「胚芽」という多層構造を持っています。石臼やロール機で実を挽く際、最初に砕けて出てくるのが実の最中心部にある胚乳の芯です。この部分だけをふるい分けた粉が「御前粉」と呼ばれます。蕎麦の色素や強い香りは主に外皮や甘皮に含まれているため、中心部のでんぷん質のみで構成される御前粉には色素が一切混ざりません。これが、更科そばが純白に仕上がる科学的な理由です。
さらに、更科そば特有の「ほのかな甘み」もこのでんぷん純度の高さに由来します。雑味が極限まで削ぎ落とされているため、口に含んで咀嚼すると唾液中のアミラーゼと反応し、穀物本来の繊細な甘みがダイレクトに舌へ伝わります。また、でんぷん質が主体の御前粉はグルテンを含まない蕎麦粉の中でも特につながりにくく、冷水では粘りが出ません。そのため、職人は熱湯を注いででんぷんを糊化(α化)させながら手早く練り上げる「湯捏ね(ゆごね)」という高度な技術を駆使します。白く美しい一本の麺の背景には、熟練職人の緻密な温度管理と手業が存在しています。