幼少期をアメリカ・カリフォルニア州で過ごした西田ひかる。帰国後、名門芸能事務所であるマナセプロダクションに所属し、彗星のごとく表舞台へ登場した。当時の芸能界において「英語がペラペラで健康的」というプロファイルは極めて新鮮であり、まさに帰国子女タレントの先駆者的なポジションを確立していく。
帰国直後の彼女が放っていたのは、従来の日本のアイドル像とは一線を画す開放的なオーラだった。物怖じしないハキハキとした物言いと、ナチュラルな素顔。彼女の登場は、昭和から平成へと転換する日本のメディア空間に、新時代の風を吹き込んだ。