視聴者の記憶に最も深く刻まれている疑問は、「あれほど大ブームを巻き起こしていた『ピカルの定理』が、なぜ突然終わってしまったのか?」という点です。その背景には、当時のテレビ業界が抱えていた編成上の矛盾と、深夜カルチャーとゴールデンタイム視聴者層の決定的な乖離が存在していました。
番組は2010年10月に火曜深夜のバラパラ枠(24:45〜25:10)でスタート。開始直後から10代〜20代を中心に熱狂的な支持を集め、深夜帯としては異例の個人視聴率・録画再生率を叩き出しました。フジテレビは『めちゃ×2イケてるッ!』や『はねるのトびら』の系譜を継ぐ「次世代フジテレビの屋台骨」として過大な期待を寄せ、2012年4月には水曜22時枠へ昇格。ここでも10%前後の堅調な世帯視聴率を維持していました。
しかし、致命的な転換点となったのが2013年4月の水曜20時枠(ゴールデン帯)への昇格です。この時間帯への移動に伴い、番組は以下の深刻な構造的壁に直面しました。
第一に、深夜特有のエッジと過激さの去勢です。『ピカルの定理』の真骨頂は、綾部と吉村によるギリギリのボーイズラブコント「ビバルディとルイ」や、肌を過度に露出する「テブラデスキー」など、深夜だからこそ許されたアナーキーな笑いでした。ところが、家族団らんが前提となる水曜20時に進出したことで、BPO(放送倫理・番組向上機構)への配慮やスポンサーの意向から過激な演出がことごとく制限されました。毒気を抜かれたコントは牙を失い、コアな若者ファンが「こんなのピカルじゃない」と急速に離れていったのです。
第二に、水曜20時という激戦区における視聴者層のミスマッチです。当時、裏番組にはテレビ朝日の『くりぃむクイズ ミラクル9』などのファミリー向け・高齢者向け盤石コンテンツが鎮座していました。若年層のテレビ離れが加速し始めていた2013年当時、ティーン頼みだったピカルの視聴率はゴールデン進出直後から急落。一桁前半の5%〜6%台に低迷する事態に陥りました。莫大な制作費がかかる大がかりなコントセットを維持することはもはや制作採算上不可能となり、局上層部はわずか5か月後の2013年9月、非情の「打ち切り終了」を決断したのです。