志位武雄氏は、日本共産党議長・志位和夫氏の父方の実祖父にあたる人物です。明治から昭和初期にかけて激動の時代を駆け抜けた旧日本陸軍の職業軍人であり、当時の階級秩序においてエリートコースとされた将校の道を歩みました。
陸軍将校の公式人事録や防衛省防衛研究所の史料によると、武雄氏は陸軍士官学校第26期(大正3年・1914年卒業)の出身です。同期には日中戦争や太平洋戦争期に陸軍高官となった将校が多数名を連ねています。歩兵科将校として任官した武雄氏は、大正期のシベリア出兵や満州事変以降の軍事的緊張の中、各地の部隊配置や連隊勤務を経験しました。
最終階級は陸軍歩兵中佐。陸軍における中佐という階級は大隊長や連隊副官、連隊長クラス(大佐補職の前段階)を担う中堅上級指揮官であり、前線の現場指揮と参謀本部からの軍事指令を結ぶ重責を担っていました。過酷な野戦任務や部隊統率に携わった武雄氏の足跡は、大日本帝国陸軍の中核として国家戦略に殉じた典型的な軍人官僚の姿を示しています。