歴史を遡ると、ムドラーは古代のアジア全域で精神世界の中核をなしてきた。紀元前5世紀頃、釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が悟りを開く際、大地に触れて悪魔の惑わしを退けたとされる「触地印(そくちいん)」は、最も有名なムドラーの原型の一つだ。覚醒した意識を身体に繋ぎ止める技法として、仏教の創始期から重視されてきた。
また、古代インドでヨガの根本聖典をまとめたパタンジャリの時代以降、ヨーガ・瞑想の文脈においてムドラーは体内エネルギー(プラーナ)の漏洩を防ぐ必携の手法とされた。日本においては9世紀初頭、真言密教を開いた空海が唐よりもたらした「印相(いんそう)」として開花する。密教の儀礼で結ばれる複雑な印は、宇宙の真理と自己を一体化させる象徴作法である。現代においても、日本の伝統的な仏教文化を継承する全日本仏教会などの動きと並行し、これらの手印が秘める精神集中と癒やしの効果が再評価されている。