インターネット上の掲示板やSNSでは、『ダブル・ファンタジー』以降の過激な性描写を取り上げ、「スキャンダラスな作家」「不倫を正当化しているだけではないか」といった偏った見方が散見されることがあります。しかし、これは作品の表層のみをなぞった誤解に過ぎません。
文芸批評や作家本人のロングインタビューを精査すると、彼女が描いているのは「快楽」そのものではなく、「性を通じてしか取り戻せない自己の尊厳と主体性」であることが分かります。1度目の結婚生活で抑圧され、言葉によるコミュニケーションが遮断された環境下で、肉体の感覚だけが「自分が生きている証拠」だったという切実な背景が存在します。
村山由佳は自らの弱さや汚濁、利己的な欲望から目を背けません。誰しもが心の奥底に隠している狡さや性への衝動を、一切の自己弁護なしに晒け出すその姿勢こそが、長年にわたり熱狂的な読者を惹きつけてやまない真の理由です。