希代の凶悪犯・小平義雄の生い立ちを紐解くと、幼少期からの過酷な環境と暴力の連鎖が浮かび上がってきます。1905年(明治38年)、栃木県に生まれた小平は、厳格かつ粗暴な父親から日常的に激しい折檻を受けて育ちました。
学校を卒業した後は海軍に入隊し、第一次上海事変などの戦場を経験します。この軍隊生活において、暴力に対する感覚の麻痺や残虐性が助長されたとする見方が少なくありません。
除隊後に結婚したものの、小平義雄の妻や家族に対する態度は冷酷そのものでした。1932年には妻の実家に押し入り、義父を殺害したほか親族に重傷を負わせる凶行に及び、懲役15年の判決を受けて服役しています。仮釈放によって社会に戻った後、終戦前後の混乱に乗じて再び制御不能な暴力性を爆発させることとなりました。