ドラマ版の完成度の高さから混同されがちですが、湊かなえによる原作小説『Nのために』とTBSドラマ版には、物語の語り口や登場人物の造形において決定的な違いが存在します。この差異を把握することで、ドアチェーンの持つ意味がより重層的に見えてきます。
第一の大きな違いは、物語の構造と刑事・高野(三浦友和)の存在です。湊かなえの原作小説は、登場人物(杉下希美、成瀬慎司、安藤望、西崎真人)がそれぞれ過去を回想する「一人称の独白形式(モノローグ)」で章ごとに語られる構成をとっています。一方、ドラマ版では時系列を巧妙に再構成し、事件を10年間にわたって追い続ける元警察官・高野茂というドラマオリジナルの狂言回しを配置することで、重厚なヒューマン・サスペンスへと昇華させました。
第二の違いは、安藤望の人物描写と希美との心理的距離です。ドラマ版の安藤(賀来賢人)は、屈託のない笑顔と明るさで希美の孤独を照らす「完璧な光の象徴」として描かれました。しかし、原作小説における安藤は、より強い野心と現実主義的な打算を抱えた等身大の若者として描かれています。原作の安藤は、自身の出世や保身に対する意識がドラマ版よりもシビアであり、チェーンを掛けた行為の根底にある「野口に対するプライドの傷つき」や「希美に対する無意識の独占欲」が生々しいリアリティをもって綴られています。
第三に、成瀬慎司(窪田正孝)の描かれ方と結末への収束です。ドラマ版では、高校時代の故郷・青景島での希美と成瀬の絆(火災事件の秘密の共有)が極めて叙情的に描かれ、二人が「同じ闇を分け合う半身」であることが強調されました。このドラマ独自のアレンジによって、「罪を共有して共に生きる成瀬」と「罪から遠ざけられて光の中を歩む安藤」という鮮やかな対比が完成し、希美が下した決断の説得力が何倍にも増幅される結果となりました。