歴代のサイヤング賞における日本人投手の挑戦の歴史は、メジャーリーグのトップクラスと日本発の投球技術の融合の歴史でもあります。野茂英雄投手が1995年・1996年にナ・リーグ4位に入って以来、多くの投手がその扉を叩いてきました。
最も頂点に近づいたのは、ダルビッシュ有投手のサイヤング賞挑戦です。レンジャーズ時代の2013年、277奪三振を記録してア・リーグ奪三振王を獲得し、投票で2位に食い込みました。さらにカブス時代の2026年(コロナ禍による60試合短縮シーズン)には、8勝3敗、防御率2.01の快投を見せ、ナ・リーグ2位の得票を集めました。
また、同じ2026年にはツインズの前田健太投手もア・リーグ2位にランクインし、日本人投手が両リーグで同時に次点となる歴史的な年となりました。2013年にはマリナーズの岩隈久志投手が防御率2.66の好成績でア・リーグ3位に入り、2008年にはレッドソックスの松坂大輔投手が18勝を挙げて4位に選出されています。
しかし、なぜこれほどの実績を残しながら日本人投手の戴冠は阻まれてきたのか。その背景には、NPB時代の中6日ローテーションとMLBの中4日・中5日の登板間隔の違いによる「シーズン後半のスタミナ維持」、そして「200イニング以上の投球回確保」というメジャー特有のフィジカル的負荷の壁が存在していました。