芥川賞作家・宮本輝の文学的功績と『泥の河』『流転の海』など名作群の真髄を徹底解剖すると、そこには一貫して「宿命に抗う人間の誇り」というテーマが脈打っている。とりわけ自身の父親をモデルにした松坂熊吾を主人公とする『流転の海』は、執筆期間37年、全9部に及ぶ日本文学史上に残る不朽の大河小説だ。
「自尊心より他人にくれてやるもんのない男になったらあかん」――熊吾が息子に放つこの言葉は、過酷な昭和の激動期を泥まみれになりながら疾走した人間たちの魂の叫びそのものである。戦後復興期の大阪や富山、愛媛を舞台に、善悪の彼岸で蠢く膨大な登場人物たち。宮本文学の真髄は、欠点だらけの人間たちが織りなす濃厚なヒューマンドラマを通じて、読者に「それでも生きよ」と静かに語りかけてくる力強い倫理観にある。