初代・藤間紫(本名:喜熨斗 綾子)は、1923年(大正12年)に東京・神田の名門医師の家系(父は医学博士・河野勝斎氏)に誕生しました。裕福な家庭環境の中で幼少期から日本舞踊の手ほどきを受け、類いまれな美貌と身体表現の才能をメキメキと開花させていきます。
当時のポートレートや舞台写真に収められた若かりし頃の姿は、すっきりと通った鼻筋、涼やかでありながら情熱を秘めた瞳、そして和装が完璧に映える端正な卵型の輪郭が際立っています。昭和20年代から30年代にかけて映画や舞台に多数出演した際も、その際立つ美貌は「銀幕の令嬢」「舞踊界の至宝」と称賛され、多くの観客や文化人を虜にしました。
当時の演劇関係者が残した手記には、次のような証言が記録されています。
「彼女が舞台袖から一歩足を踏み出すだけで、劇場の空気が一変した。ただ美しいだけでなく、内側から発光するような気品と、男勝りな舞台度胸が同居していた」
テレビ時代劇『水戸黄門』をはじめとする映像作品でも、優雅な色香と芯の強さを兼ね備えた大人の女性像を見事に体現。外見の美しさにとどまらず、舞台人としての徹底した自己鍛錬が、歳月を重ねても色あせない圧倒的な輝きを支えていました。