インターネット上の掲示板やSNSでは、「昇り鯉は運気上昇だが、下り鯉は運気が下がるため彫ってはいけない」という極端な言説が散見されます。しかし、伝統的な和彫りの歴史や図像学の観点から検証すると、この解釈は明らかな誤解に基づいています。
昇り鯉は、激流を遡上して滝を登ろうとする姿を描いたものであり、「目標に向かって立ち向かう挑戦」「困難の克服」「立身出世への途上」を象徴します。これから事業を起こす人や、自らの限界に挑み続ける覚悟を示すモチーフとして選ばれる傾向があります。
対して下り鯉は、滝を登りきって大願を成就させた鯉が、悠然と大海や故郷へと泳ぎ戻る姿、あるいは上流から獲物を狙って勢いよく潜航するダイナミックな姿を表しています。つまり、運気の下降ではなく「大願成就」「富や福を現実世界へ持ち帰る」「守護と平穏」を意味する吉祥画です。
関東のベテラン彫師への取材でも、「昇りと下りを対で配置することで、攻めと守り、挑戦と達成の陰陽バランスを完成させる構図が江戸時代から好まれてきた」という証言が得られています。どちらか一方が不吉ということは一切なく、自身が人生のどのステージに身を置いているかによって選ぶべき方向性が定まります。