ネットの怪談を脇に置いたとしても、旧ソ連の治安機関が犯した生体実験の罪責が消えるわけではありません。その最たる例が、秘密警察NKVD(後のKGB)が運営していた極秘毒物研究所、通称「ラボX(第12研究所)」の存在です。
この研究所は1920年代から存在し、スターリン体制下の1930年代後半から1940年代にかけて、生化学者グリゴリー・マイラノフスキーの指導のもとで最も凶悪な活動を行いました。研究の目的はただ一つ、「検死解剖でも検出されない無味無臭の致死性毒物」の開発です。
被験者に選ばれたのは、強制収容所(グラグ)から集められた政治犯や、反体制派とみなされた「人民の敵」たちでした。彼らには「健康診断」や「投薬治療」と偽って、マスタードガス、リシン、ジギトキシン、タリウムなどの猛毒が投与されました。マイラノフスキーらは被験者をガラス張りの部屋に監禁し、毒物の投与から苦悶死に至るまでの経過を冷徹に記録していったのです。
この戦慄の活動は、1950年代にマイラノフスキー自身が失脚・逮捕された際の裁判記録や、ソ連崩壊後のKGB機密文書の公開によって歴史的事実として完全に証明されています。創作された「睡眠実験」よりも遥かに静かで、そして遥かに残酷な人体実験がモスクワの中心部で平然と実行されていました。