デビュー当時、石田ひかりは大手芸能プロダクションである「スターダストプロモーション」に所属し、瞬く間に人気女優の階段を駆け上がった。しかし、キャリアの過渡期において彼女たちは大きな決断を下す。
1999年、姉の石田ゆり子と共に個人事務所「風鈴舎」を設立。ゆり子が社長を務め、姉妹で活動の拠点を自ら手掛けるスタイルへとシフトした。既存の芸能界の枠組みにとらわれず、自分たちのペースで作品に向き合い、ライフステージの変化に合わせた柔軟な働き方を模索したこの選択は、当時としては先進的な試みであった。自分たちの足で立つという強い覚悟が、二人の息の長い活躍を可能にしたと言える。