映画の製作発表当時、マスコミ各社を最も驚かせたのは、主演女優の名前でした。すでに国民的人気女優への階段を駆け上がっていた綾瀬はるかの当時の年齢は23歳。撮影は2008年夏、24歳を迎える直前に行われました。清純派のトップランナーとしてキャリアを築いていた時期であり、映画のタイトルを聞いたマネージャーや所属事務所のスタッフが当初難色を示したのも無理はありません。
しかし、当時の関係者インタビューや映画公開時の公式プレス資料によると、綾瀬本人は脚本を一読した瞬間に「こんなにピュアで、心に真っ直ぐ届く素敵な物語はない」と出演を強く希望したと伝えられています。扇情的なタイトルで観客を釣り上げるような企画ではなく、そこに描かれているのは泥臭い昭和の青春劇であり、人と人との不器用な魂のぶつかり合いであることを見抜いていたのです。
撮影現場となった福岡県北九州市では、過酷かつ濃密な撮影が敢行されました。部員役の少年たちはオーディションで選ばれた若手俳優たちでしたが、羽住英一郎監督は彼らのリアルな思春期の表情を引き出すため、あえて綾瀬と少年たちの私的な接触を制限。現場では「高嶺の花である憧れの女教師」としての緊張感を維持する演出が徹底されました。連日の猛暑のなか、体育館の蒸し風呂のような環境で撮影が続けられましたが、綾瀬は弱音を一切吐かず、転倒してアザを作りながらも泥まみれでボールをレシーブする熱血指導シーンをノースタントで演じきっています。