神戸山口組のトップであった井上邦雄と織田の関係性は、当初は強固な師弟的絆で結ばれていると見られていた。しかし、組織の舵取りを巡る意見の相違は次第に修復不可能な溝を生み出す。2017年、織田は自らの支持勢力を率いて脱退し、「任侠団体山口組(後の任侠山口組)」を発足。後に組織名を絆會へと改称した。
絆會の結成時、織田が打ち出した構想は画期的であった。組長と組員という縦の支配関係を弱め、同志的な結合を目指すという「脱・家主主義」の理念である。だが、この先進的な試みは既存の暴力団社会からの猛烈な反発と、内部における指揮系統の混乱という二重の壁にぶつかることとなった。