船橋屋のくず餅を口にした際、ほのかな酸味と独特のモチモチした弾力に驚く人は少なくありません。この食感と風味を生み出している最大の秘密が、足かけ450日(約15ヶ月間)にも及ぶ長期バイオ発酵プロセスにあります。
一般的に、京都や奈良などで親しまれる関西の「葛餅」は、マメ科の植物である葛(クズ)の根から採れる「葛粉」を水と砂糖で練り上げた透明感のある菓子です。これに対し、船橋屋をはじめとする関東の「久寿餅(くず餅)」は、原材料に小麦澱粉(小麦粉からグルテンを取り除いた澱粉)を用います。大樽に寝かせた小麦澱粉を、天然の乳酸菌と酵母の力によってじっくりと乳酸発酵させていく製法は、和菓子の世界でも極めて異例の技術です。
取材に応じてくれた老舗和菓子職人は、その製造現場の過酷さと繊細さを次のように語っています。
「澱粉を水に浸してただ置けばいいわけではありません。季節による外気温の変化、樽ごとの発酵の進み具合を目と鼻、手のひらの感覚で見極め、何度も上澄み水を入れ替える『水洗い』を繰り返す。450日という時間は、余分な不純物を徹底的に洗い流し、澄み切った澱粉の結晶と有用な発酵産物だけを残すためにどうしても削れない自然のタイムスケールなのです」
さらに近年の研究により、この長期発酵の過程で生息する独自の乳酸菌が「くず餅乳酸菌®(ラクトバチルス属植物性乳酸菌)」として正式に単離・同定されました。江戸時代から蔵に棲み着き受け継がれてきたこの植物性乳酸菌は、胃酸に強く腸まで届く強靭な生命力を持つことが判明。伝統の味わいという情緒的な価値にとどまらず、腸活や免疫ケアに関心を寄せる現代の健康意識層からも熱烈な視線を注がれる根拠となっています。