ネット検索を行うと、時に「多部未華子の朝ドラは黒歴史なのか?」といった心ない噂や極端な言説を目にすることがあります。しかし、当時の放送環境や視聴者の生の声、現場の取材記録を精査すると、その実情は全く異なる姿を見せています。
なぜ当時、賛否が分かれたのか。最大の要因は「従来の朝ドラフォーマットを意図的に破壊した前衛的な演出」にありました。『つばさ』では、主人公の妄想シーンがミュージカル調に描かれたり、空想のキャラクターが登場したりと、演劇的な実験手法がふんだんに取り入れられていました。これが、昭和的な「健気で清貧なヒロインの一代記」を毎朝のルーティンとして期待していた高齢の固定視聴者層の一部から「朝から騒がしい」「落ち着いて見られない」という戸惑いの声を生んだのは事実です。
しかし、SNS黎明期における当時のネット掲示板や、近年のアーカイブ視聴におけるレビューサイト(Filmarksや知恵袋など)を追跡すると、極めて高い熱量を持った擁護派が存在していたことが分かります。
「多部未華子のふくれっ面や困り顔がとにかくキュートで、毎朝の活力になっていた」「型通りの優等生ヒロインではなく、生々しく家族に怒り、等身大で悩む姿に強く共感した」という好意的な評価が多数を占めています。さらに、劇中で扱われたコミュニティFMというテーマは、東日本大震災以降にその重要性が再認識されたこともあり、「時代の数歩先を行っていたメディア論ドラマ」としての再評価が定着しています。多部未華子さん本人にとっても、半年間出ずっぱりで長丁場を乗り切った経験は、その後の確固たる演技力を支える揺るぎない土台となりました。