社会情報学や心理学的知見からこのアワードを俯瞰すると、流行語大賞に対する付き合い方そのものをアップデートすべき時期に来ていることが分かります。かつての日本社会は、総中流意識とテレビの単一的な情報発信によって「全国民が同じ言葉で笑い、同じ歌を口ずさむ」という一体感を享受していました。しかし現在、情報空間は完全にサイロ化(タコつぼ化)しています。
流行語大賞の選定結果に憤慨したり、「選考基準がおかしい」と糾弾したりするのは、私たちが無意識のうちに「かつて存在した単一の国民的共通体験」をこの賞に幻想として求めてしまっている証拠に他なりません。
【プロの結論】流行語大賞の楽しみ方・向き不向きの判断基準
【向いている人・価値を見出せる人の条件】
・現代の世相を俯瞰する「文化人類学的な記録」として楽しみたい人
・自分のアルゴリズムの外側にある、他世代や他業界の関心事を定点観測したいビジネスパーソン
・授賞式に登壇する人物のコメントや、その言葉が流行した社会的背景の文脈を深く味わいたい人
【おすすめできない・ストレスを感じやすい人の条件】
・SNSのインプレッション数やショート動画の再生回数こそが唯一の正義だと考える人
・政治的・社会的な時事ワードがエンタメランキングに混入することに強い拒否感を持つ人
・「自分が日常で使っている言葉」だけが評価されるべきだと考える人
流行語大賞とは、自分自身の流行を追認する答え合わせの場ではなく、「いま日本社会のどこかで、誰かが熱狂していた現実」を再発見するためのカタログであると捉え直すことが、最も建設的な付き合い方と言えます。