蕎麦愛好家や職人の間でも意見が分かれるのが、「割るか、そのままか」という問題です。どちらが正解という優劣はなく、それぞれの味わい方に明確な理由があります。
まず注目したいのが、蕎麦湯をそのまま飲む理由です。老舗蕎麦店の店主や職人が最初に推奨するのは、つゆを一切入れない「ストレート」での一口です。蕎麦の茹で汁である蕎麦湯には、蕎麦粉本来の甘み、かすかな香ばしさ、そして湯に溶け出したデンプンによる柔らかいとろみがダイレクトに凝縮されています。つゆの醤油やみりん、出汁の強い味に干渉されることなく、その日の蕎麦粉の品質や挽き具合、打ち立ての鮮度を純粋に鑑賞するために、通はまず一口そのまま喉へと滑り込ませます。
そして、つゆと合わせる段階で味の決め手となるのが蕎麦湯のつゆ黄金比です。複数の専門メディアや名店への取材データによると、最もバランスが良いとされる比率は以下の通りです。
王道の基準とされるのは「蕎麦湯8:つゆ2」(または蕎麦湯3:つゆ1)のバランスです。蕎麦屋のつゆ(かえしと出汁)は、冷たい蕎麦をほんの少し浸すだけで強い旨味を感じられるよう、極めて濃厚に作られています。そのため、蕎麦湯に対してつゆが2割程度混ざるだけで、出汁に含まれる鰹節のイノシン酸や昆布のグルタミン酸が蕎麦のデンプンと融合し、極上の和風ポタージュのような奥行きある味わいに化けます。初めて飲む方や濃い味が好きな方は「蕎麦湯1:つゆ1」の半々からスタートし、徐々に蕎麦湯を注ぎ足しながら自分にとっての至高の比率を探求するのがおすすめです。
また、卓上で議論が白熱するのが蕎麦湯にわさびを入れるかという薬味の扱い方です。本わさびのツンとした辛味成分(アリルイソチオシアネート)は熱に非常に弱く、熱い蕎麦湯に溶かすと辛味が瞬時に揮発し、爽やかな本わさび特有の清涼な香りと甘みだけが残ります。そのため、猪口の縁に残った少量のわさびを蕎麦湯に溶き、刻みネギを浮かべるのは、味の変化(味変)として極めて理にかなった手法です。ただし、大量に溶かすと風味が濁ってしまうため、箸の先に米粒大ほどのわさびを取り、蕎麦湯の上で静かに揺らしながら溶かすのが粋な楽しみ方です。