ファンの間で今なお熱く語られ、時に様々な憶測を呼ぶのが、名作「TANKER」や「LUGGAGE LABEL」を生み出した吉田克幸氏の独立劇です。米軍のフライトジャケットMA-1をモチーフにしたナイロンツイルのバッグは、1980年代から1990年代の裏原宿カルチャーやスニーカーブームと結びつき、世界中のファッショニスタを魅了しました。克幸氏はニューヨークのMoMAデザインストアにも認められるなど、名実ともに日本を代表するトップクリエイターとして君臨します。
しかし、克幸氏は2007年に株式会社吉田を退社し、取締役を退任。翌2008年、息子の吉田玲雄(よしだ れお)氏とともに新ブランド「Porter Classic(ポータークラシック)」を設立しました。この電撃的な動きに対し、当時は一部メディアやネット上で「創業家内部の確執」「お家騒動による追放ではないか」といった不穏な噂が囁かれたことも事実です。
ですが、その真相は権力闘争などではありません。克幸氏自身の自著や当時のインタビュー、親しい関係者の証言を丹念に検証すると、独立の引き金となったのは「クリエイターとしての原点回帰と健康問題」でした。
大企業へと成長し、年間数十万個規模のバッグを安定供給しなければならない吉田カバンの規模感と、克幸氏が本来志向していた「手縫いの温もり」「藍染めや剣道着素材を用いた徹底的なクラフトマンシップ」「何十年も着古して味が出る服と鞄」という作家性との間に、純粋な創作上の乖離が生まれていました。さらに当時、克幸氏は重い病を患い、生死の境をさまよう大手術を経験。「残された人生で、本当に自分が作りたいもの、息子とともに次の世代へ手渡したいものだけを妥協なく作りたい」という強い内発的動機が、独立という選択につながりました。
現在、吉田カバンとポータークラシックは法的には完全に別会社です。資本関係や取引上の従属関係はなく、独立したブランドとして運営されています。しかし両者の根底には、父・吉蔵氏から受け継いだ「日本の職人をリスペクトし、後世に残す」という共通のフィロソフィーが脈々と流れており、互いに敬意を払い合う良好な距離感が保たれています。